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横須賀に聯合艦隊旗艦“三笠”を訪ねる

東郷平八郎元帥の像
 
 2004年3月。ほぼ一世紀も昔のことになる、日本とロシアとの戦争。もちろん、私は生まれてないし、現場の様子など知る由も無い。しかし、ここ横須賀に戦艦三笠を訪ねて、その艦体を前にして感じた−えもいわれぬ感慨−なのか、身震いを覚えた。日本人としてのDNA、潜在意識といおうか。


今、なぜ三笠なのか。いや、別に理由はどうだっていい。ただ日本人として、過去に何があったのか知りたかっただけ、なのだ。どんな人が、どこで、何をしたから現在−いま−があるのか。それを確かめたくて横須賀に向かった。

 軍艦マーチ。誰もが一度は聞いたことがあるだろう。パチンコ屋の、それだ。しかし20世紀初頭の当時は、娯楽の曲目ではなかった。
行進曲・軍艦の石碑
30センチ主砲。ここからアジアの独立−というエネルギーが発せられた。
 生きるか死ぬかの狭間にいた兵士たちを鼓舞するために演奏された。そして演奏する人たち−軍楽隊−彼らも血を流し、肉を削り、戦っていたのだ。

 三笠の主砲は30センチ砲。有名な大和の46センチ砲に比べると、小振りだ。しかし有名な言葉、「百発一中の大砲よりも百発百中の小砲が勝る」を実践したのが、兵員の練磨を最重視した明治の聯合艦隊だ。「大よく小を制す」とは、よくいったものである。
 
 艦橋司令部から前方を望む。近代化された横須賀の町並みが目に入る。当時はコンパスや周辺状況を見ながら、伝令管を通して指令を下したのだろう。ネットで何でも伝わる現代とは、隔世の感がある。まるで糸電話のような、ある種の微笑ましさすら感じてしまうのは、古きよき時代に対する渇望感からだろうか。
号令を下した見晴らしのいい司令部艦橋
 三笠を、見た。三笠を、知った。そして、明治ニッポンを感じることができた。テーマは、単純ではない。事細かに詮索するならば、レンタルサーバの25Mではとても足りない。しかし、考えるきっかけを与えてくれる旅だった。新聞、テレビ、インターネット、雑誌、広告と、好むと好まざるとに関わらず情報は溢れている。なかなかそれを、取捨選択するのは容易ではない。ならば、こちらから貪欲に、情報を掴み取ろう、咀嚼してやろう、という意気込みが大事ではないのか・・。そう気づかせてくれる旅だった。天気晴朗ナレドモ、波高シ、である。

坂の上の雲(1)新装版 ( 著者: 司馬遼太郎 | 出版社: 文藝春秋 )


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