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2003フランス短期留学
ボルドーの暑い夏(1)
                                            04/06/11
 
ガロンヌ川に停泊、というか固定されていた戦艦。甲板上がレストランになっている。 日曜の夕方はひっそりとしていて、人影がない。
 2003年の夏は、私にとって一生忘れられない夏となった。フランスに渡り、ボルドーで約2ヶ月間、言葉を勉強しながらワイン、料理、そして文化や歴史など様々なことを学ばせてもらったのだ。
 そして、そのときの記憶が風化してしまう前にネット上に書き記しておきたいと思う。一年が経過したとはいえ、まだまだ熱いままの思い出が頭の片隅に残っているのだ。

 どこから、なにから書き始めていいのか分からないほど、いろんな思いが交錯している。深夜の成田で飛行機が滑走路を飛び立った瞬間。早朝、まだ真っ暗なパリ・CDG空港が眼下に迫ったとき。しかし何よりも思い出されるのは、ボルドー空港に着いたとき、外が異常に暑かったことだ。そりゃあ8月2日という真夏日だ。そして日本の蒸し暑さに比べたらまだましかもしれない。しかし、世界に冠たるワイン銘醸地・ボルドーだ。まさかこんなに暑いとは、という思いだった。

 ホストファミリーは初老の男性だった。銀行に勤めている紳士で、音楽・芸術・料理など非常に趣味が広い。「外国人にフランス文化を教えるのが楽しいのさ」いつもそう言っていた。自国の文化に誇りを持てる人は、強い。そして自国の文化に誇りを持てる人というのは、他の国の文化を理解しようとするし、尊敬もするものだ。

 
ガロンヌ川はいつも濁っている。 ボルドー・サン・ジャン駅。
 どのくらい暑かったかというと、おみやげに日本から持ってきた扇子を、渡さずに自分で使おうか、と思ったくらい暑かった。おまけに扇風機もなければエアコンなんてもってのほか。家電売り場で「どうして売ってないのか」と聞くと「みんなが買っちゃったから、もう売り切れさ」とラテンな答えが返ってきた。そう、ここはフランスなのだ。「欠品によるチャンス・ロス」などという経済用語は通用しない。マウスパッドを団扇代わりにしてなんとかしのいだ。

 あんまり暑いのでワインどころではない。昼からビールがうまかった。そして安いのだ。ハイネケンあたりが確か100円ちょいだったような気がする。ギネスの6缶パックで800円くらい。ホストファミリー(以下ピエール・ジャン)に断りを入れて冷蔵庫に常備していた。「おまえはビールを飲みにフランスに来たのか?」とあきれ顔だったが。もちろん、ワインもしこたま買い込んだし、外でも飲んだ。2ヶ月を通して量的にはボトル100本くらいのワインは飲んでいるだろう。試飲なども含むと、種類的には優に300はくだらない。そして意識的にボルドーワインを飲んだ。郷に入りては郷に従え、である。またスーパーなどの売り場の棚割りも、9割近くボルドーワインだった。

↑海外にしか売っていない
という珍しいサッポロ生

 家では朝と晩の食事がついていた。といっても朝は食パンとカフェオレのみという質素なもの。夜は、時間がないときはジャガイモやチキンなど冷凍食品だったが、週末などはけっこうご馳走も出された。キッシュロレーヌがお得意なようで、「日本に持ち帰りたいくらいおいしいよ!」といったら気を良くしたのか、毎週日曜日はキッシュロレーヌの日となった。また、一応フランスなので毎晩ワインも食卓にのぼる。しかしなぜか、きまってプロヴァンスのロゼなのだ。あれだけお国自慢をしておきながらなぜ?と疑問に思ったが「暑いからロゼを飲む」らしい。でもボルドーのロゼもあるだろうに・・。これじゃあまるで東北まで行って芋焼酎を飲むようなものである。

 
スパイシーな香りが漂う市場。 白で統一されたキッチン。
 台所はきれいに整理されていた。料理好きの男のキッチン、という感じだ。
 週末にはいろんなところで市場が開催されていた。左はアラブ人街にある市場で、それ系の食材などが豊富に揃っている。眺めてみるだけでも面白い。

 語学学校にも8週間ほど通った。BLS語学学院というところだ。3割ぐらいは日本人もいたのだが、私のクラスでは他に日本人はいなかった。スペイン人、イギリス人が多かったかな。定員は6〜10名程度。会話を中心にいろいろ工夫を凝らした授業で、パーティーやイベントもたくさん企画されていて楽しかった。

 学生の中にはいろんな人がいた。いつもリンゴをかじってる、赤毛のアンみたいなスイスの女の子。授業をまったく聞かずに落書きに興じるドイツ人の高校生。政治的な話題になると噛み付いて、熱く語りだすリトアニア共和国のサーファー風の青年。やたらとジェスチャーが大げさで、べたなアメリカンジョークを連発する、アメリカ人などなど。技術的な言葉の問題もあったが、それ以上にコミュニケーションの難しさ、面白さというものを実感した。また、そういうことに気付くことができたのが、何よりの収穫ではないだろうか。


−−(2)へ続く−−



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