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音速の貴公子 アイルトン・セナ
                                            04/5/8
 
ブラジリアン・カラーのヘルメットは今も色褪せない。

 1994年5月1日・・・イタリアにあるサンマリノ公国・イモラ・サーキットで悲劇は起きた。
 最強・ウィリアムズに移籍したA・セナ。前途洋々のシーズンのはずだった。しかし決勝のスタート数週後、セナは第一コーナーを曲がることなく、真っ直ぐ突っ切って行った。
 冷静沈着なモーター・ジャーナリスト今宮氏は声にならない声で「セナが亡くなっても・・F1は続くんです・・」と呻き声をもらした。日本だけではない、世界に激震が走った瞬間だった。そのセナが亡くなってからはや10年。新宿高島屋の催し場にて「アイルトン・セナ展」が開かれているというので、早速足を運んでみた。10年前の、青山一丁目での弔問が昨日のことのように思い出される。

 
マクラーレン・ホンダMP4/6 91年に走っていた実車だ。 滑らかな流線形はとても10年前の車とは思えない。
 私は特に、セナのファンというわけではなかった。どちらかといえばアンチ・セナだったといってもいいだろう。アラン・プロストやジャン・アレジ、ナイジェル・マンセルらに肩入れをし、「速すぎるセナ」に勝てるドライバ−に興奮していた。それだけに、心のそこではセナを尊敬し、愛していた。

本当は横に立って記念撮影をするところなのだが、寂しく一人で撮影。
 展示の内容は、セナのカート時代からF3、F1へとステップアップしていった記録などが中心。映像では93年の雨のドニントン・パークでの5台抜きが懐かしかった。しかし個人的に、最も印象に残っているのはやはり、92年のモナコGPだろう。いまやフジTVの看板アナ三宅正治氏の「どんなにしても抜けない。ここはモナコ・モンテカルロ。絶対に抜けない。」という名言は一生忘れることはないだろう。このバトルはF1史上、いや人類史上に残る一戦だったといっても過言ではない。
 
 一時代を作ったアイルトン・セナ。記録も素晴らしいが、それよりも記憶に残るドライバーとなった。あと何十年後かでも「すごいF1ドライバーがいたんだよ」と振り返ることができるだろう。夢をありがとう。感動をありがとう。さようなら、安らかに。アイルトン・セナ。


<参考リンク>
アイルトン・セナ研究所
アイルトン・セナ写真集(楽天ブックス)
アイルトン・セナ公式サイト



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