| トップ>わしは>雑感などいろんなコラム>チョッピィ(なみ)さん |
私の実家には一匹のシーズー犬がいる。94年に生まれたからもう10年、人間でいえば酸いも甘いも噛み分けた、いい大人、淑女といっていいだろう。名前はなみさん。しかし愛称はチョッピィさんという。なぜ、チョッピィなのか・・・そう、語感がぴったりとくるからだろう。顔が、仕草が、存在そのものがチョッピィというほかなのだ。
好きなものは、ビーフジャーキーとゴルフボール。テニスボールにも反応する。お友達はクマのプーさんだ。かじる事によってのみ愛情を表現できるので、プーさんもたまったものではない。耳や両腕はもうボロボロになってきている。立派な、傷害罪だ。
チョッピィさんは人が大好き。みんな友達だと思っているのだろう。すぐに足元に駆け寄ってくる、現金な犬だ。しかし、見知らぬ人には手厳しい。精一杯の声を振り絞って吼えまくる。ナミさんとしては不法侵入者に対する警告措置なのかも知れないが、なんらの抗力も発揮していない。犬の遠吠えとはこのことだ。
それでもやはり、寄る年波にはかなわないのか、だいぶ落ち着いてきたように思う。ぐったりと寝そべっていたり、あまりはしゃいだりしなくなった。それというのも、大親友だったムメさんがいなくなったことが関係しているのかもしれない。時々、遠くを見つめる表情をするのだが、何を想い、どこをみているのか。犬やネコにしかわからないテレパシーというものが広い宇宙には存在するのかもしれない。我々文明を身に纏った人間達には見えない世界が、そこには広がっているのかもしれない。
まだまだ元気なチョッピィさんも、いずれは老衰し土に還っていくことになる。その瞬間まで楽しく、精一杯、悔いのないよう生きていって欲しい。動物にも魂というものがあるのなら、きっと何かを感じ取ってくれるはずだ。ある因縁で、私たちと一緒に生活することになったチョッピィさん。肉体は永遠ではないが、一緒に過ごしたかけがえのない思い出は、魂というハードディスクにずっと記憶されるはずだから。
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